| 範夫's profile初心者心理BlogLists | Help |
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初心者心理初心者にしか見えないモノもある でもそのことに気付いたときは・・・ August 09 ネグラ替えAugust 02 悪役商会たしかに、一目で良心的に受け入れられる顔というのはある。
そして、その逆の顔もまたしかり。
ただ、そのどちらも、多少の個人差は存在するし、長いこと見ていると、実は見ていないことに気付く。
このまえ、テレビで平ちゃん(石坂浩二)の顔を、初めてじっくりと見たような気がした。
う~ん?
こんな顔だったっけ?
多くのメディアでは、映り栄えのする顔が「主役」とされているが、ここがどうも腑に落ちない。
一度、「悪役」というものに美男美女を。
そして、どこにでもいそうな顔の持ち主を主役に。
この「悪役」がまた、すごい。
やはり美男美女であり、しかも狡猾、要領がいいから、主役に対しての攻撃力は凄まじい。
それでいて、普段はそれを隠しているので、「悪役」に見えないのだ。
見た目で、「悪役」だ!と叫ばれてしまう悪役商会の面々は路頭に迷うかも知れぬが・・・。
観ている観客側からすれば、まるで「志村ー、うしろ、うしろ!」と言う心境であろうが、劇中の一般ピーポーは「悪役」が「いい人」と信じて疑わない。
それだけならまだしも、その「悪役」の策略によって、ワルモノに仕立てあげられる主役。
ただ、感情移入の面で多少ツライ部分があるかも知れない。
でも、いくら美男美女であろうと、まわりの誰かは「わしゃ、アイツは好かん」と言われている現状を見るにつけ、やはり顔からにじみ出る何かを感じ取るのであろう。
それとも、先天的になにかあるのであろうか。
とにかく、そんなはらわたが煮えくりかえる「悪者」が、映画であれば1時間40分かけて溜めた憤懣(観客側)を、10分で爆発させるような雪崩れ式クライマックスで人間サンドバッグになる様は、さも爽快(観客は)だろう。
と、思うのだが、どうだろうか。
July 31 熱中症ボクのせ~んせい~は~♪ッフィーバー♪
むかつくガキのジャイアンリサイタルもどきの歌声に、拳を握りしめた。
その熱中ではなく、暑いデス。
中途半端にエアコンを使っていると、まるで逆転サウナのようデス。
そんなときは、これまた中途半端に汗をかくので、これまた
どこを歩いても、どこをこすっても、シタッシタッという音がして、粘着怪獣に変身することが出来る。
きっと、仮面ライダーに見つかったら
「へ~んしんっ ットゥ!」
と叫ばれながらキックされ、空中に吹っ飛びながら爆発物でもないのにドカーンと景気よく爆発しちゃうぞ。
こういうときは、ドライブだ。
カチャ ボフ
ムアッ
こりゃまた、エエ感じで熱せられとる。
すぐさま
ボム
とドアを閉め。
冷蔵庫から掠め取ってきたポカリのボトルを被った麦茶をグビグビ。
エンジンスタート。
もちろん、エアコンのスイッチなどさわりもしない。
窓?
無視。
クルマが走り出すまえに、腕のあたりがキラキラした粒々で覆われ、またしても仮面ライダーに狙われそうな状態。
10分も経つと、シタシタという音がし始め、Tシャツは完全に皮膚化している。
そこへ、例のポカリの威を借る麦茶を注ぐ。
すげぇー、すげぇー!
そのまま毛穴から噴出しているかのような錯覚。
シタシタベチャベチャ怪獣のときのどんよりした気分も爽快。
逆にテンションがあがっていく。
「オゥッ、こら、ライダーこいや!来てみろや、オウゥオゥ」
閉め切られた車内というのは、大抵の非人間的な行為も容認させる。
あぁ、そのまえに、いまオレは怪獣だった。
怪獣的な行為を存分に満喫できる。
しかし・・・。
さすがに30分近くになると・・・。
怪獣も戦闘シーンの限度(1回)は20分らしーからな・・・。
「オッ、これはいいところに」
キッチ キッチ
ウインカーリレー音が車内に響き渡る。
キィ
カチャカチャ
バムッ
ゥウイーン
「ふぅおおう!」
スーパーの生鮮食品売り場は、南極だった。 July 29 来客ピンポーン ピンポン ピンポン
なにやら、せわしなく鳴る玄関チャイム。
少し、ビビる。
どうして、あの音が感情を表現できるのであろうか。
それとも、単純に被害妄想的な恐怖感か。
オレんちの玄関は引き戸で、ねじ回し式の内カギしか付いていないから(まぁ、古臭いけど、防犯上はガラスを割るか、体当たりかましてぶち破るか、しかないので有効だと思われる)とにかく、玄関にでて、カチャカチャとねじを回すのである。
ガラス越しに見える顔は、日焼けした骸骨(しゃれこうべ)にメガネ、その奥に光るギョロリとした眼光。
作業服を着ているところからして、明らかに「現場」の方と見受ける。
ガラガラ・・・。
オレ:「ハイ?」
ギョロ眼:「自治会長さんの倉永さんですかねぇ?」
オレ:「・・ハイ」
(実際はオヤジのことだが、今現在居ないし、説明するのも面倒なので、一瞬の間があったがそういう返答になった)
ギョロ眼:「今度ね、前の川の改修工事に入らしてもらう○○建設じゃけど、挨拶にまわっとってね」
と言いながら、玄関を離れ、乗ってきたクルマのほうへ。
そして、この時期の「挨拶」としては定番であろうと思しき「キ○ンラガービール」のケースに熨斗紙を貼り付けたヤツを小脇に抱えて戻ってくる。
オレは、こういう場合、
「いやいや、そんなことをしてももろうたら困る」
とか
「そんな気遣いは無用にゴザル」
とか
とりあえず、2,3回力比べをするのが「渡る世間の習い」なのかな?
などと考えているうちに、「挨拶」を玄関のかまちにどっかと据えられてしまい、腕組みをする時間さえ無い。
オレの「渡る世間の反射神経」はその程度である。
あえて、そのことに触れずにギョロ眼が話を続ける。
ギョロ眼の内心は知らぬが、どうやら力比べというイベントが発生しなくても、とりあえず渡れるものらしい。
ただ、過去に記憶しているドキドキメモリアルというゲームでは、イベントは重要な指標であったことから、このイベント未発生によるダメージがいかほどなのかは分からぬが、少なからずなんらかの遺恨を残すような気がしてならぬ。
オレ:「重機は入れるの?」
(ここで、話を「挨拶」から「住民代表」に切り替えることにしてみる)
ただ、そもそも「挨拶」に来ること自体、今では珍しい事と思われ、この「挨拶」が後々どのように作用するのかは非常に興味がある。
そこで、作業内容に探りを入れることにした。
ギョロ眼:「はぁ?ああ、重機は入れるんじゃが、どこから入れたもんか」
「川が高いじゃろう」
(川が高いとは?という人のために:両端が3メートルほどの垂直コンクリート壁に挟まれた水路のような川なのである←過去の記事にも書いたが、幼少のころはガードレールなどなくほとんどの子ども達がこの川に「落ちた」経験を持つ)
しめた!
オレは、いかにも自分が自治会長のごとき口ぶりで
「ああ、少し上(かみ)なら一番こまい(小さい)ユンボ(ショベルカー)が下ろせるが、堰が2段くらいあるけぇのう」
と、続ける。
すると、ギョロ眼も
「そうかね、いやぁ、やっぱし吊って下ろすしかないんじゃないかのう」
オレ:「うーん、そうじゃねぇ、人力だけじゃ無理かね?」
ギョロ眼:「2メートルくらい掘らんにゃいけんけぇのう」
オレ:「ああ、それじゃ、やっぱり重機じゃないとキツイねぇ」
というやりとり。
すっかり「挨拶」の熨斗紙の影が薄まった。
やれやれ。
そのころになると、ギョロ眼の表情もじっくり観察する余裕も出てきて、眼が充血しているのに気付く。
酒の飲みすぎか、睡眠不足か、はたまた紫外線の浴びすぎか。
しかしながら、その眼にはキッっとした光が宿っており、○○建設を背負っている気概が感じられる。
この手の眼は、過去数回出合ったことがあるが、皆一様に嫌味がない。
先程、ねじを回しながら抱いた警戒など一瞬で吹き飛ばす力がある。
あまりしゃべらないオレが、この手の眼に対してはしゃべりたくなる。
実に不思議で、魅力的である。
今、ギョロ眼に
「ウチで働いてみるか?」
と言われれば、
「ハイ」
と答えるだろうな。
オトコとおんなも同じだと思うが、実際にこのやりとりが生まれることは、ほぼ無い。
このタイミングを見極めることができるのであれば、世界を制することが出来るであろう。
そのくらいの価値がある。
ただ、数打つ戦法もあるが、狼少年化する危険性をはらんでいる。
正確に、そして絶妙な間。
これを見極めようとするのは、困難なようで簡単なことかも知れない。
それこそ、子どもと呼ばれていた頃にはすでに持っていたことのように思えるが。
どこに潜ってしまったのか。
そのあと、前の川まで出て、10分ばかり話し込む。
先日までの雨でまだ結構な水量があるが、すぐに水なし川になる。
そんなことを説明する。
ほかの自治会長さんとこにもいったらしく、下(しも)の(自治会長)もそういうとった、とのこと。
そういや、その自治会長に似ているな、と思う。
アレはオレのハトコにあたるらしい。
彼はよくしゃべる。
つまり、たいていの情報は彼が語りつくしていると思われ。
オレの持つ情報などそう深みがあるわけでもなし。
ただ、本当にギョロ眼がオレのことを「自治会長」だと思ったかどうかはあえて不問にしておこう。
そんな昼下がり。 July 03 探すゥアーンンーマァーンンゥエェー・・・
振動数の低いパグパイプのような唸り声でマントラを唱え、コーランが入っているらしい木筒をバスケットボールのように回しながら、なにかを求め続ける。
40年近く生きてくると、ときたま、もう新しいことに出会えないじゃないか、とか思い上がることがある。
ま、そんなことは全然ないわけで。
ついさきほど、乱雑な食卓で発掘された秘伝の書である。
・・・。
冷蔵庫を開ける。
・・・。
ただでさえ、使いもしないような食材(←一体どんな食材だ?)で満たされている庫内の一番使用頻度が高い一番下の段。
薄茶色の透過色により、それが秘伝の書に書かれたブツ、そのものであることが瞬断されるタっパー。
なるほど、映画などで、とても不自然な流れでブツが特定される場面があるが、あれも彼らにしてみればこのタッパーと同じように見えるのであろうな。
しかし・・・。
ウチはハッキリ言って、・・・言わなくても農家である。
コメぬかなど、売るほどあるのだが・・・。(自家精米だから)
そう言えば・・・。
この前、親戚のロナウジーニョ(←おかんの妹=すげぇ似てる)がタクアンを持ってきたようで、毎食のようにそのタクアンをボリボリ食っている。
昔から思っているが、こいつが、実にうまい。
すこし塩辛すぎる感じはあるのだが、あとをひくので4枚あればご飯一杯いけるのである。
こいつを5ミリ角に切って、それをご飯に混ぜ込みオムスビにすると、「商売できるんじゃないか?」と思わせるうまさ。
しかし、そのロナウジーニョタクアンが登場するまでのウチのおかんがつくったタクアンはと言うと・・・。
冷蔵庫のなかで腐っていく、という信じ難い生涯を終えている。
彼女の言い訳では、「ちょっと忘れていたら・・・」というものらしい。
ちょっと忘れているうちに、ぬか床がしみだした水分で水没するであろうか?
昨年のその失敗作により、おかんのぬか床に対する情念は消滅したようである。
それまでは、ウチも自家製ぬか床を所有していたし、そこそこの味を出していた。
一昨年は、ウコン粉なるものを混ぜ込んだと鼻息荒かったが、それほどの評判は獲得出来なかった。
そして、ここのところ大人気、大活躍のロナウジーニョタクアンの売れ行きをみて、感じるところがあったのだろう。
そして、おかんなりに出した結論が、秘伝の書によるタクアンづくりなのかも知れない。
でも、ロナウジーニョタクアンはやっぱりロナウジーニョにしか出せない味だし(40年近く生きてきて、それに類似するタクアンを他所で食った覚えはない)、今朝方つくったと思われるナスの浅漬けが皿に盛られていたが・・・、やはり・・・。
おかんも、おかんなりに70年近く生きてきて、なにかを探しているのだろうが・・・。
その性格、というかやり口は、しっかりとオレにも受け継がれている。
ゴォーン・・・(寺の鐘)
合掌。 June 27 勝利の女神ディープインパクトが、やはり追い込んで勝つのをポカーンと見つめながら、
「やっぱりか・・・」
と、チャンネルを変える。
おや?
ミホちゃんがまたトップ争いをしている。
「強いなぁ」
ここんとこ、毎回トップ争いをしているが、なぜか終わってみるとトップではない。
たしか、15番くらいから見始めたと思うのだが、1打差で藤田幸希ちゃんというのが食いついている。
(実際には前日トップだったらしいので、この場合ミホちゃん(古閑美保)が食いついて差した状態であった)
そして、まず1打差で食いついているサイキちゃんがボギる。
これで2打差。
残り2ホール。
「こりゃ、決まったデショ」
と、ぼんやり眺めている。
解説のニイチャンの話によると、サイキちゃんはプロテストをうけていないらしい。
ふん?
じゃあ、プロじゃないんじゃないの?アマ?
クォリファイングどーとかの成績で出場しているらしい。
なんじゃそりゃ?じゃ、プロ?
じゃあ、賞金はもらえるの?
などと、要らぬ心配を自分勝手にしてみたり・・・。
たしかに、ティーショットの感じが独特である。
バックスイングの終りあたりで、ゆらゆらと揺れている感じ。
ところが、飛ぶのである。これが。
「はひぇー、オモシレーなこりゃ」
こういうオリジナリティーのある選手は見ていて面白い。
ウッズのように、思わず見惚れる感じとはまた一味違った面白さである。
うーん、どっちを応援したものか。
ここんとこの2位続きを見ているだけに、ミホちゃんにも勝ってもらいたい。
が、なんだか、プロなんだかどうなんだかわかんないようなサイキちゃんのハッチャケぶりも捨てがたい。
しかし、残り2ホールで2打差は・・・。
サイキちゃん。
18番のグリーンにあがる際、ペコリ。
「うーん、初々しい、やっぱり、アマ?」
ありぇ?
すげぇ、サイキちゃん。バーディー。
18番で並んじまった。
プレイオフ。
ありぇ?
はいっちゃった。バーディーパット。
サイキちゃんが思わずハッチャケた。(カワイイ)
ミホちゃんも笑ってる。
「オウッ、あれ、入れられちゃーな・・・」
てな感じ。
表彰式。
どうやら、賞金は貰えるみたいだな。
優勝コメントもばっちしオリジナリティーがある。
「おトーちゃん、おカーちゃんの子どもに生まれてヨカッタ」・・・とは。
いまどきの若いヤツもたいしたもんだ。(←そもそも、今時は老いも若きも競ってニュースの見出しを飾っているから、このフレーズの威厳は収束している)
ミホちゃん・・・。
そういうことも、あるよ・・・。
やっぱり、ゴルフはこういう試合が見応えがある。
アイちゃんサクラちゃんもいいが、オレからすればサクラちゃんのオヤジさんの動向が気になるくらいで、優勝争いにからんでないときはどうでもいいのである。
その点で、毎週のようにトップ争いをしながら敗れていくミホちゃんに魅せられたとしても、オレのゴルフ観戦眼は間違っていないと思う。
とにかく、まるでなにかの力によって導かれるような試合。
観戦側から言わしてもらえば、そういう試合こそ見せるプロスポーツとしての醍醐味であろう。
(ただ、プロレスのようになってもらっても困るが・・・)
ぶっちぎり、圧勝、単勝1.1倍。
それじゃ、面白くないのである。
強けりゃいいてもんでも、ないのさ。
オレから見れば、有馬記念で負けているぶんがヤッコサンの面白い部分なのである。
勝利の女神がゆらゆら揺れているのを、生唾飲んで見ている、というのが「観る」という衝動の源である。
サイキちゃんのバックスイングは、まさにそれを具現化したカタチであったのかもしれない。
「おめでとう」
でも、自分がやるときの勝負はぶっちぎりがいいんだけどね。 June 22 喉の渇き午前7時30分。
あぁ、あと2時間か。
白と青のシマシマシャツは、上半身に汗で貼り付き、頭に巻いたタオルより下から吹き出た汗は、時折しぶきのようにほとばしり、ダンボールに太陽のマークを描く。
午前9時。
飲もうと思えば、水でも、茶でも、ジュースでも飲めるのであるが・・・。
クルマを飛ばして15分。
家に辿り着くと、まずは風呂。
風呂からでると、ビール。
実際には「ぐびっと新発売っ!ぐびなま。」とか書いてある。
ゴッキュ、ゴッキュ
ブヒェッ グッ
驚いた胃が三回転半ひねりを披露した模様。
ぐびっと新発売っ!はいいが、この部分はいつまで印刷されるんだろうか。
もはや、空き缶コレクターは無視か。
それとも、どうせ生き残る確率が低いのなら、このくらいのスタンスが逆にインパクトがあるのか。
フライパンの焼きソバを見つけ、ガスに着火、ごま油をふりかけ、ジュウジュウを音がしてきたところへ、ウスターソースを投入。
10秒ほどかきまぜ、火をとめる。
ガツガツ。
ゴキュゴキュ
ガツガツ。
ゴキュゴキュ
フライパンから直で食う。
となりの居間では、フイーンという排気ファン唸らせながら、おかんが今日もハーツに興じている。
焼きソバのみでは、ちょっと胃の三回転半ひねりがほどけきらないので、食パンにマヨネーズとケチャップをかけ、その上にもう一枚食パンをのせて、かじりながら2階へあがる。
ぐびっと新発売っ!が効いてきて、ウトウトしはじめ、気が付くと1時。
そもそも、なんだか夢見がすこぶる悪い。
それに喉が異様に渇いて、いる、様な気がする。
明治「鉄とせんい」とかかいてある牛乳を一気飲む。
とりあえず、10分はしのげる。
しかし、喉が渇いて、いる、様な気がする。
しかし、牛乳でも、ビールでも、お茶でも無いような渇き。
とりあえず、お茶。
やかんから湯飲みに。
ゴクゴク
ッ グハっ ゲハッ
ちょうど沸かして放置してある時間が絶妙だったのか、ほとんどオレの体温と同調し、その存在は神経伝達回路に妨害電波を発生。
ものすごい量が、食道ではなく気管へと導かれる。
こりゃ、とんでもねぇ。
湯飲みをブン投げ、ゲハゲハ言いながら退散。
この一件で渇きは治まった、かに見えたが、そう簡単ではない。
なんだ?なにを飲めばいいいんだ?
冷蔵庫を物色。
明治「おいしい牛乳」と「ぐびなま。」しかない。
あとは・・・さきほどの・・・やかんを見る。
とりあえず、ビール、ではないだろう、ということで「おいしい牛乳」。
ゴクゴク
噛む様に飲む。
うーん、うまい。
が、30分。
喉が・・・。
そして、「ぐびなま。」片手にキーボードを叩くオレが居る。
いまなら、「大飲みチャンピオン」になれそうな気がする。 June 11 大河ドラマワールドカップも脇におき、見るのは「チャングムの誓い」。
うーん、よく出来ている。
一体、どうやったらあんな人物描写が多彩に出来るんだ?
原作も相当なものだろうが、放送形態も「大河ドラマ」だ。
ん?
そういや、日本が大河ドラマとかなんとか言ってやってる時代物は、ほとんど史実を脚色した感じだな。
すると、「チャングムの誓い」も元は実話か?
「三国志」なんかはどっちだったかな。
それと、大河と言うフレーズは日本的じゃない。
日本にこれが大河です、と威張れるほどの河川はない。
つまり「大河ドラマ」はアジア(特に中国)あたりから渡ってきた、ということになるのだろうか。
しかし、テレビ業界普及の歴史から、どちらが先んじていたかはビミョウである。
でも、実際に「大河ドラマ」なんて定着してるんだから、命名した人間が偉い。
でも、断然向こうの「大河ドラマ」のほうが良く出来ている気がする。
いや、俳優陣に先入観が無い(日本の場合芸能人というよりプライベートの雑音のほうが売名効果がある)ぶん入り込めるのか。
とにかく、面白い。
この前までスカパーでやってた中国のものを観ていたが、やはりそんな感じだった。
この際、日本も有名どころじゃなく、アングラな役者を起用して物語の内容と演出を考えたほうが視聴率も伸びるんじゃなかろうか。
まぁ、それが当たってブレイクしたあとの役者は「芸能人」化しちゃうだろうけど・・・。 バトントワラーハイィ ハィ ハイィ クルクル ポーン スタッ
はい、バトンが回ってまいりました。
①あなたの身体の秘密教えてください!
(関節が外せるとか、あんな所にほくろが!とか)
だいたい頑丈だが、痔。
頭頂部はツムジが右よりなだけだが、ソリは深くM字クッキリ。(ジジィはツルッパゲ)
(見えてるんだから、秘密でもなんでもない)
胸骨の中央付近に結構大きな脂肪種あり。
まるでウルトラマンのカラータイマーのよう。
②いままでに一番した悪いことは?
近所のよろずや(駄菓子屋みたいな)でセメダインC(100円)を手に取って、万引きしようかどうしようか1時間迷った小学生の葛藤。
(プラモデルの接着剤が不慮の事故をとげて、製作に必要不可欠だったため)
決断はご想像にお任せします。
③初めてあった人、まず目がいくのは?と、その理由
全体の雰囲気。
だから、細部はつきあい初めてから気付く。
それか、雰囲気が固定化すると逆に見ない。
だから、「髪切った?」とか「やせたね」とか気の利いた言葉を発する機会は・・・。
でも、女性の場合は、どうだろ、・・・まず、口元、それから、尻、おっぱいの順かな。
④一番痛かった(心身どちらでも)経験教えてください!
痛さを時間軸でならべると、痔がダントツトップ。
次点で右手中指の先端を機械(研磨機)に巻き込まれて(隙間2mm弱)粉砕骨折。
(ただ、その瞬間はアドレナリンのおかげでそんなに痛みは無かったが、医者で麻酔なしで指の爪んとこに針突き刺されたときゃ・・・、それからその夜のズクンズクン(痛み音)は・・・)
痔の場合は、痛みの波も無く、エントロピーの如く増大するのみの痛みに発狂寸前。
そりゃ、ひとさし指も突っ込もうて。
ハァッ シャンシャン
ポーズ
(拍手) June 06 軸足どんな仕事にも、それなりの苦労や疲労はあるもので・・・。
はっきりいって、かなり楽勝!と思っていた仕事であるが(宅配荷物の仕分け作業)、実はこれが結構足にくる。
コンベヤ上を流れる荷物を、地区別のラインに引き込むのだが、その際、荷物を持った状態でどちらかの足を基点にして、半回転(90度捻る)する。
これを繰り返すうちに、ある症状が出てくる。
尻のえくぼのあたりの筋肉が「肩こり」のように痛みだすのである。
それも、左右どちらか一方。
つまり、軸足である。
オレは左ケツがやられた。
そうか、オレの軸足は左足だったのか。
この「肩こり」に似た疲労は週末の休みを持ってしても解消は困難。
つまり・・・マッサージでもしてもらおうか・・・と。
足の裏も結構きている。
自分の足で足裏をつつくだけで気持ち良い。
社員のにーやんの足の甲は、片足が変形していた。
すげぇ。
まるで、花の慶次に出ていた、船を川の上流に引くことを生業にして左半身が盛り上がったオニみたいである。(←知らない人は無視してね)
生業、とまでは思えないが、どんな仕事でもそれなりの覚悟は要るものだ。
勝負勝負、というからには「勝ち」と「負け」がある。
「引き分け」というのは、いわゆるグレーゾーンである。
「試合に勝って、勝負に負けた」
とか
「今日の負けは勝ちに等しい」
とか
勝ち負けの判定がついているにも拘わらず、頑なにグレーゾーンに持ちこみたがる場合も、同じ理由からなのだ。
しかしながら、勝ちと負けは一対で成立している立場上、「常勝」とか「常敗」は有り得ない。
勝ち続けると、必ず負けるときが訪れ、負け続けると必ず勝つときが訪れる。
ただ、「負け」続けると対戦者の気概が維持出来なかったり、タネ銭が尽きたりするため、結局
勝ったことが無い
という状態が生まれる。
あくまで勝負事の一種目を指して「勝ったことが無い」というだけで、日常的な勝負に「勝ったことが無い」人は居ないであろう。
・・・実は。
夜半過ぎ。
就寝中の脳が、右腕付近の違和感を察知する。
サカサカ・・・
なにかの羽虫(羽根アリかそれに類似する)かなんかだろう・・・。
寝ぼけた脳は、そう判断する。
ちょうど寝返りを打つ時間に差し掛かっていたようで、ついでにゴソゴソと半身を捻る。
ボトッ
明らかに羽虫とかではない重量感のある異物が胸の辺りに当たる感触を得る。
ムッ?
寝とぼけた脳は、瞬時に事の推量が出来ないで居る。
ただ、一瞬の間をおいて、眼球がカッと見開かれる。
脳よりも先に眼が反応したかのような錯覚に陥る、が、そんなことを悠長に実感している場合ではない。
居るはずのない「侵入者」に対する警戒警報が、ファオーンファオーンと身体中を駆け抜け、見えもしない闇をギョロギョロとレーダーにように監視する。
身体自体は不意を突かれたために硬直しているが、何時までもその状態でいるわけにもいかず(「侵入者」が勝手に居なくなってくれる保障は無い)、頃合いを見計らってガバと起き上がり、天井に垂れ下がる蛍光灯のヒモを引く。
チッ チカチカ カッ
眼が慣れるまでの数秒は、かなりの「デンジャーゾーン」だ。
とりあえず、足の位置は固定。
焦点を定めず、「動き」のある物体のみの察知に神経を使う。
しかし、敵の動きが察知出来ない。
見渡す。
「こりゃー・・・」
察知出来ぬのも納得の散らかり様だ。
脱ぎ捨てられたTシャツや半ズボンがフトンの脇に積み上げられ、更に冬の間、恋人のように寄り添った掛け布団が、その向こうに丸まり「寛一お宮」(注)のようになっている。
注:寛一お宮の像
とりあえず、一歩踏み出し、武器を探そうとした、瞬間
右足の親指に瞬激を覚え
つい
「イテ イタタ!」
などと叫びながら、右手を反射的に、その付近に百人一首ばりの張り手。
しかし、その際にも敵の姿を確認出来ず。
(あまりにもゲリラ戦有利の状況のため)
こちらは、予想外の早い仕掛けに動転、しばし固まる。
その間にゲリラは潜伏。
またしても、その逃走経路の把握さえ覚束ない。
襲撃を受けた右足親指が
ツキッ ツキッ
と、虫さされ特有の鋭い神経痛。
「やられた・・・」
今年一発目。
もし、トーナメント戦なら、初戦敗退だ。
まぁ、リーグ戦でも無いのですが・・・。
負けたところで、その後数日、右足の親指付近にビミョウな神経痛と、発作的な痒みをもたらす程度のことである。
少なからず、生物はこの勝負が日常なのだ。
ある程度の「敗北」は、ある意味「勝つ」ための布石に過ぎない。
そして「勝利」も、来るべき「負け」の布石に過ぎない。
すべてが、その道を通って進化してきた。
とりあえず、部屋を掃除した。
途中、あまりの段取りのとれなさ(モノが多い、スペースが無い)に、しばらく現実逃避もしたりしながら、とりあえず片付いた。
(癇癪を起こして、そこいらの細々したものは「あーっ!」とか言いながら、投げまわしただけだが)
敵は姿を現さなかったが、そこいらの手の届く付近に「武器」を装備されたことには気付くまい。
フッ フフフ。 June 01 なんとかどうやら、いや、どうにか1年経過しそうな雰囲気。
とはいっても、当初の勢いはすでに無く、ほとんど虫の息のような更新状況。
果たして、こんな状況で「続いている」などと、威張ってもよいものか・・・。
明らかに、書くということに対する熱情のようなものは薄れている。
たまに、ああ、このテーマで書いてみようか、なーんて思うときもあるが、次の日にはどうでも良くなっている。
それでも、続けるうちに、また新たな山が訪れないとも限らない。
なにかを発信することは、まるで宇宙人探査衛星に、人間の男子と女子の絵を描いた金属板を載せて宇宙にほっぽり投げるような浪漫がある。
(たしかオレが小学生のときに、そんなのを打ち上げたとか言ってたような気が・・・)
さしずめ手軽なNASAだな。
おまけに、意外と簡単に宇宙人に遭遇するらしく、コメントに反応が返ってきたり・・・。
うーん・・・。
その簡単さが、かえって熱を冷ますのかも。
ほら、あれだ。
釣れない釣り、当たらない宝くじ、獲れそうで獲れないUFOキャッチャーみたいな。
・・・たとえが・・・。
まぁ、人間ってのはどうもなかなか目的が達成できないほうが、熱くなれるものらしく。
思い通りにいくと、重いコンダラ(=巨人の☆のテーマ)にはなりにくい。
あっ、前回「調子悪い」などと書いたものだから、本当にすべてにおいて「調子悪い」状態に陥った。
言霊(ことだま)ともいう。
言葉にすると、魂が宿る、と言う。
・・・やべぇ。
ああー!めちゃ調子ええなー!こりゃー、調子ええで!
こんなもんでどうだろ。 May 25 規則正しくさて、いよいよ最終問題です。
次の写真の植物の名前は?
・・・・・・・・。
「・・・知らん・・・」
ニリニリニリニニリ(みのの顔タメの効果音)
!!
「せーイかーイ」
???
この花はシラン(紫蘭)と言って・・・
この程度の偶然くらいなら、日常的に頻発しているハズである。
腹が減れば、「ハラへったー」とつぶやき、うまいラーメンの味を脳内再現してみる。
眠くなれば、「ねみー」とつぶやき、そのまま太陽のニオイのするフトンに倒れこむ。
カラダに不調あれば「なんかダリー」とつぶやき、やる気なしオーラでまわりの反感を買い。
調子がよければ、「これ、すなわち日頃の行いの賜物なり」と自画自賛。
なんのために?
そりゃ・・・。
長生きするためだろうが。
「おかしいな・・・、あれだけダラダラ不規則な生活してたときはものすごく調子良かったのに、バイトし始めてて規則正しくなったら、どうも変だ」
4年ぶりに風邪をひき、大魔王が出現し、おまけに一ヶ月に一回くらいやる徹マン(徹夜マージャン)でお岩さんのようなメイボができ(人生初)・・・、なんかダルイ。
(ツレたちには思いっきり笑われた)
なんか寝付きが異様に悪い。
そもそも、オレにとって規則正しいのは、そう欲した時である。
メシまであと一時間、とか、「なんだそりゃ!」
時間で欲求を制限されるほど不健全なこともないような気がするのだが。
何時に起きろ、何時間は寝なくちゃ、とか考えながら寝ると、そりゃ寝付きも悪くなるかもな。
まぁ、なんにしても「調子悪い」のである。 May 09 呼ばれて飛び出てぢゃぢゃぢゃ「ぢ」ゃ~んイテェ・・・。
イーーーー・・・(延々と続く痛み)
大抵コイツの呼び出しは、ウ○チだ。
こいつをきっかけに、「アレ?」という違和感を感じる。
このとき、安静姿勢を保ち(横になる)、グータラしておれば、勝手にお帰りになる。
しかし、このシグナルを甘く見て立ち仕事(特に力仕事)などしようものなら・・・。
大魔王のおでましである。
あとは、
「もう手術でもなんでもいいから、どうにかしてくれー」
という心境になる。
あと、指に塗り薬を塗りたくり、突っ込む。(←突っ込むとき結構度胸が要る)
坐薬の場合は、奥の幽門に入るとき、「アヒョッ!」という感じになる。
指で出てこないようフタをしたまま、不自然な体勢でやっと眠りに落ちることができる。(←途端に痛みが引くのである)
初期であれば、そのまま出てこなくなるときもあるが、中途半端に出したり入れたりしていると、粘膜が傷ついたのか、触ると痛むようになる。
そんな状況が三日も続くと、「手術しかないな(キラーン☆)」と思うようになる。
もっとも、過去(約4年前)に一個本当に切っている。
が、その術中にセンセイが2個あるものの奥側のやつを残しておいてくれたのだ。
外にあるのが特に痛みが激しいので、そういうことになったわけだが、今思えばあのとき全部切っておいてくれたほうがよかった。
しかし、あの不安定な(腹ばいでちょっと傾斜がついているのでずり落ちそうな手術台)状態がつらく、センセイが「とりあえず、今日は外だけにしとこうか?」という誘導にひっかかり
「あっ、そうしてクダサイ」
と、とっても情無い格好で応えたもんな。(←はっきりいって看護婦さん、見ないで~、という心境)
しょうがない・・・。
しかし、こいつと生涯付き合っていく気にもなれん。
そもそも、オレのウ○チは不定期便なので、「アレ?」と思ったら安静姿勢、という防御策もとりにくいことがある。
う~ん。
切るか・・・。
爽快だろうなぁ・・・。
どうにもこうにも、吐き気までしてきたよ。
この痛みは、どう表現すればいいのか。
イーーーーーーーー・・・。
か、やっぱし。
とりあえず、医者にいく。
パンツを下げるのになにも抵抗がない。
オ~、イェー、オレも成長してるゼ。
って、これって成長なのか? May 03 フィクションフィ・・・ッキシ!
「この物語はフィクションです。」
こんな注釈が書き加えられるようになって、何年経つのだろう。
初めて見たときは、
「フィクション?」
「?」
「・・・」
「!?」
結局分からず、
「ねー、フィクションってなにー?」
と、おかんを困らせるのである。
おかんも、教育の一環として不適切な回答をするわけにもいかなかったらしく
「はー、なんじゃろーねー、辞書で調べてみんさい」
と、模範解答。
もちろん、調べるわけもないハナタレ小僧。
ところが、こいつの響きといい、威厳(あるのか?)といい、実にツボを押さえており
「~フィクション、フィクション~」
と、なにかにつけて声に発し
いつのまにやら市民権を得ている小粋な言葉。
まぁ、この歳になってみるとフィクションはどうあがいてもフィクションでしかなく、
現実には到底敵わないことを知る。
が、フィクションの世界というのは、分かり易さのために極端な演出状況でもって、都合のいい展開(気持ちのいい展開)が多い為、現実と比することがある。
当然、そのために創りあげられ、練りこまれたフィクションであるから、そこに歓喜、悲哀があっていい。
ただ、それは泣かそうとすれば殺し、喜ばせようとすれば生き返らせ、こわがらせようとすれば不協和音の刹那にガヒョーと飛び出し、サスペンスには船越を、笑わせようとすればこけ下ろせばよい、というような手法がある。
それを手を変え品を変え、「これはフィクションです。」と言われても・・・。
そうそう・・・。
ハナタレの頃は、あの輝くフィクションの世界が憧れだったんだ。
どうも、最近は・・・。
オレを演出できるのは、オレであるから
オレはフィクションです。
なるほど、こんな感じか。 April 21 依存依存症ってのがある。
もっとも、オレに身近なのがパチンコ依存症か。
アルコール依存症には程遠い。
携帯依存症など、もってのほかである。
(ほとんど、鳴らないのだから家のなかではホッタラカシの携帯=家に居るときはつながらない場合が多い)
パソコン依存症?
まぁ、なんにしても、病気だ、と言っちゃえばOKの時代である。
○○狂、とか○○キチ○イ、とかは使っちゃいけない症、なのか。
ここでは、聞くたびにギクリとするパチンコ依存症について述べてみよう。
どこからが病気なのか、非常に曖昧なためにすべてのパチンカー(今ではスロッターとかもいるが、すべてひっくるめてそう呼ぶことにする)が、「オレのことか?」とビクつく羽目になる。
社会的には、ゼニの問題で区別するらしいが、果たしてそうだろうか。
ゼニが無くなって、借金まみれになってまで打つようになると病気。
でも、ゼニのあるお金持ちが毎日のように打っても趣味。
パチンコが、ここまでに普及したのには、訳がある。
終戦後、ものすごい勢いで復興した日本であるが、それは依存症によって成り立っていたように思う。
当時は、現在のように、労働環境が整っていなかった。
その仕事で食っていけるかどうかは、パチンコの当たりハズレと同じである。
食っていけるようになると、とりあえず当たり。
この時、パチンコの当たりを引いたときと同じような、快感物質が分泌される。
もし、大当たりして、どんどん事業が大きくなっていった場合、その連鎖はいわゆる「連荘」である。
その当時の創業者の多くが、仕事にとりつかれたように没頭していく姿は、パチンコとよく似ている。
ところが、事業が成功し続けるのは難しい。
パチンコで言う「ハマリ」である。
この不確定要素があるからこそ、当たりによる快感を得られるのである。
当たることが約束されてしまったら、そこに悦びはない。
過去の創業者のなかには、表面に出てこない借金まみれの仕事依存症がどれだけいたであろうか。
市場というのも、釘読みや設定看破などのようにある程度は把握できるが、それだけではない。
その不確定要素を取り払おうとした結果、結局仕事が単なる作業になってしまったような気がする。
ベンチャー産業が盛り上がりを見せる背景からも、そうなのであろう。
創業者に限らず、労働者にとっても右肩上がりの成長は快感をもたらす。
働けば当たりを引ける。
これが、労働者を動かしてきた。
ただし、当たりを引いたらそれを確保しようとする。
確保すると、それが作業になる。
この繰り返しだ。
先が見える。
これでは、誰もパチンコなど打たないのである。 April 19 おれおれあっ、もしもし?おれ、おれおれ!
さすがに、飽きてきたのか、クスリとも笑わないツレ。
と言うか、なぜ世間を騒がせるほど騙される人が多かったのか不思議。
電話で聞く声が、驚くほど変わる人もたしかに居るが、たいがいツレ同士では名乗る必要はない。
「もしもし、なにしよる?」
である。
ツレも
「ああ?(ヤンキーではない)なにが?どういうこと?」
別に怒っているわけではない。
それこそ、空の雲のごとき自然な会話である。
下手をすると、まわりの人間には理解不能な暗号が飛び交うこともある。
「ヒュールールールー」
「ふぎぎぎぎ」
なんだこりゃ。
無論、携帯が普及して、その頻度と、着信表示が出る機能によって加速された部分はある。
でも、テレフォンカードをブッ挿していた頃も、同じやりとりをしていた記憶がある。
つまり、合言葉のような感じだ。
「やま」
「かわ」
である。
だから、「おれおれ」で騙された人は、それを合言葉にしていた人間が多かったのだろう。
おれおれ、などとやり始めたのもテレビの報道で聞きかじってからである。
もし、それ以前にツレから
「おれおれ」
とかかってきたら。
「?だれ?」
となるくらいのレアな合言葉であった。
(オレたちの間では)
声だけで判別できるにも拘わらず、だ。
ちなみに、おかんにかけたときは
「おう、ワシじゃ」
「?はぁ?」
「ワシワシ」
「ん?あぁ、あはは」
だと。
たいがい、こちらの話が終わると
「あー、ほうかね(そうかねの方言)」
「アホーじゃないで」
「あー、ほうかね、あっはっは」
合言葉が終りにくっついている。
すでに、合言葉としての機能を果たしていない・・・。
最初に通常の合言葉が来ないことで、かえって緊急事態の演出が出来てしまう、という面も否めない。
が、それも声で判別できたときの話である。
まぁ、なんにせよ、電話で「カネ」を貸してくれ、などというのはツレとの関係を壊しかねないほど、恥ずかしくて、失礼な行為なのである。
面と向かって
「おごれ」
とは言うが・・・。 April 06 どうだろうだいぶご無沙汰していたので、一応お知らせまで。
別に何をしているわけでも無いが、自室のパソコン(OS:LINUX=ネット環境無し)に、はまっている。
寝付かれぬ夜に、ふと見た夢に触発されて、ちょっとしたエロ小説まがいのものを書いてみたら、意外と面白い。
ブログのように、思いつきをほぼ推敲無しに垂れ流すのもいいが、じっくり何日もかけて練りに練るのも実にいい。
物語は毎回、頭から流すのでその度に変更点がある。
(GUNOMEエディタという、WINDOWSでいうところのメモ帳みたいなもの。しかもマウスにローラーがついてないのが、実にいい按配の不便さを提供してくれている)
ちなみに日本語入力は「Ctrl」+「スペース」。
辞書機能は、驚くほど未熟。
だが、またそこもいい。
変換がスムースにいかないことが、表現を変える手助けをする。
ここは、こうだろう。
いや、こっちの言い回しのほうが・・・。
などとやっていると、その変更だけで充実してしまい、なかなか物語自体が前に進んでいかない。
そういう作業が楽しかったりする。
ちょっと飽きたら、プログラムでパチスロ「北斗の拳」なんぞを組んでみたりして遊んでいる。
(抽選確率は雑誌を参考に出来るので、意外と簡単)
と、いうことで(どんなことか)鎖国状態のパソコンで遊ぶのが、ネット開放国と違う趣があって、今はそちら側で放浪中。
なにか連絡事項のある常連さん(別に常連さんじゃなくても)はコメントに書き込んでくれたまえ。(←えらそう)
そりでは。
March 15 龍が如くどっぷり、いきました。
3日ほど、寝てません。
やめられない、とまらない。
オレも、ハマリやすい体質だとは思うが、こりゃあたまらんわい。
こんなん待ってました、って感じかな。
なんのことか分からない人は「龍が如く」←参照。
画像的な感性には、「バイオハザード」などで知られるカプコム。
対決操作感は「鉄拳」のナムコ。
そして、説明するまでもなく、大筋は「ドラゴンクエスト」で確立されたあの世界観。
それが、現時点で最適化されたカタチとなっている。
ええとこ取り、と言ってしまえばそれまでだが、実際ハマルのだから、製作側の戦略勝ちである。
とにかく、終りどころ、というかキリのいいところでやめようにも、やめられない。
こういうのを「中毒」という。
オレも、過去、数々の「中毒」にかかってきたが、最近ではその状態にすらならぬことに危機感を覚えていたところである。
かなり、やられた。
眼が痛い、とか、首が痛い、とか、親指の感覚がおかしい、とか、やめねばならぬ理由は次から次へ出てくる。
が、脳内に分泌される微量物質に支配され、なす術がない。
おちる瞬間には、仮想空間と混然一体となり、不条理の支配空間に身悶えする。
その不条理が妙な圧力になり、延々と繰り返すので目覚める。
おちた時間は正確にはわからぬが、たぶん5分くらいか。
ただし、その「おちる」という箇所さえ与えぬほどの内容に仕上がっている。
この手のゲームは、世界観がすべてと言っていい。
ドラクエがその代表だが、あれは完全なる空想モノとして成功したモノだ。
ところが、この龍如は、・・・あれ?・・・龍=ドラゴン、如く=クエスト?
まぁ、いい。
この龍如は、実に現実的。
極道、とか、任侠がこれほど身近に感じられるとは、正直驚いた。
と言うより、コレ、下手すると感化されるぜ、ホント。
18禁、というのも無理からぬ話かも知れぬ。
とはいえ、コレを借りたのはツレの子ども(中学3年生)なのだが・・・。
「面白い」と言ってたが、大丈夫なんだろうな。
どんな「面白い」かは、まだ表現できねぇかもしれんが、いつか聞いてみたい。
ただ、やはり難点はあるもので、物語進行と対決操作の間のディスク読み込みの時間が長い。
この点に関して言えば、やはり「ええとこ取り」しただけの技術的な未熟度が感じられる。
それと、マルチエンディングではないところか。
ただ、メインストーリーと別にショートストーリーというのを入れ、クリア後にそのモードのみで楽しめるようにしたのは流石である。
対決では、手に汗握る、という言葉どおり、手が汗で滑る。
寒いはず(寒の戻りとかで、雪が降っていた)なのだが、カラダが火照る。
このあたり操作感は、かなり万人受けする仕上がりになっている。
適度な難易度、というヤツか。
遥、というお嬢ちゃんを連れまわすのだが、格闘シーンでも遥お嬢ちゃんは、右手を高々と振り上げて応援して(野次馬と一緒に)くれている。
いやはや・・・。
カジノに行けば、バカラ♪バカラ♪とご機嫌ではしゃぎ、「おじちゃん、勝ってね」などとおっしゃる。
・・・はい、おじちゃん、ぐぁんばりまっす!
カジノに関しては、ある程度のインチキ戦法は会得しているので、一番レートの高いルーレットで荒稼ぎできる。
よって、潤沢な資金にものいわせ、倍賭け方式で「勝ってね♪」という無邪気な要求に応える。
やめ時、というのは現実のギャンブルと同じである。
ああ、遥お嬢ちゃん・・・。
バッティングセンターで、「ホームラン、打って♪」と、おねだりして、脇でピョンピョン跳ねてる頃がなつかしい・・・。
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